エンジニアを辞めて茨城移住

英文科卒でしたが、これからはITが必要、となんとなく感じて

さらに、海外に仕事で行けるかも!

という淡い期待を持ち。

システムエンジニアとして、通信ソフトウェア会社に就職。

社会の中で振り落とされないように、

男性に負けないように、

16年間必死に努力しました。

そのおかげで、たくさんのことを学び、

海外で仕事をする夢も叶えました。

結婚・出産を経て、戻ったら管理職の道が待っていました。

しかし、ふと、

このままでは今までのような働き方は厳しいことに気づきました。

ありがたいことに、働く場所も、保育園の入園まで決まっていたのに。

夫は、あいかわらずIT業界で夜中に帰宅。

先輩の話では、子供は幼いころ(1歳、2歳)から塾に通い、お受験は当たり前。

新居を考えたときに、隣に建ったオープンハウスが6500万円!!

(田舎では2000万円あれば建つよ!)

このままでは、私たち家族は都会の真ん中で、

家賃や教育費のために働き、人として大事な何かを失ってしまう。

そして子供は、ここで土も知らずに育つの〜〜?

「 変えるなら、今しかない!」

信じがたい衝動に襲われ、

夫婦そろって潔く?会社を辞め、

人間らしい生活を求めて夫の実家がある

茨城県に移住。

そんな中、はじめは、「世界中どこにいても仕事ができたのだから大丈夫。」

と自信満々だったのに、専業主婦として二人の男児を育てながら、感じた孤独感。

育児をしながら、残業のあるフルタイム勤務は、やはり難しく。

それでも、私の役割は母以外にもあるはず、いずれ社会の役に立つはずと、

ずっと悩みつつ、ビジネス書を読み漁っていました。

しかし、ここでの生活は、

満員電車も、渋滞もなく。

お米も野菜もいただけたり、

水が美味しかったり、

駐車場が広いから駐めやすかったり。

ビルが低いから、

空の面積が広く感じる。

公園で、子供と「雲が何に見えるか?」と

遊びながら感じたこの上ない幸福感。

海まで車で15分あれば行ける。

湘南や鎌倉へ行くのに

何時間もかかったのが、

うそみたい。

下の子が小学校に上がると同時に、コンサルティング会社でパート勤務をはじめ、

経営を学び少しずつ社会復帰。

そしてようやく、独立。まだまだ試行錯誤しながらも、周囲に支えられ、

自分らしく社会へ貢献できる道が見え始めました。

好きな場所で、好きなように働く。

そんな理想を現実にする物語が

はじまりました。

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